ご覧の通り、リトルホンダです。外国風ではあっても国内撮影です。
商品名のない表紙。メカニカル解説。家族の風景。
これを見て、僕は自分の「速度」の原体験の記憶を遡ろうとした。
思い出は内側に折った紙のように、記憶が閉じられて読む事が出来ない。
そこにあることはあるのだ。
存在の、見る事の出来ないもどかしさ。
いま旅行を計画しています。
前回の旅行で行ったのはバルセロナの海辺のカジノ。
沢木耕太郎の旅行記を読みかえしてギャンブルが急にやりたくなったのです。
50ユーロをチップに換えるとわずか5枚。
ルーレットの赤/黒でたて続けに負けた。残りは1枚。
9か11に張ろうとして、手が滑って4コマの中間にチップを置いてしまった。
ちょうど中国人の団体が去って、台の客は自分一人という局面。
わずか数枚のチップを次々と失い、素人っぽい悲しい外国人に見える筈。
当たらないはずはない。
逆回転の方向に玉を弾く。菱形やその他の突起物で跳ねる偶然性。
騙されちゃいけない。ルーレットのディーラーは確実に狙った数字が出せる。一切「偶然」はない。
チップが9枚戻り、次の赤/黒で2枚を4枚にして「普通、これから」というタイミングに席をたった。大物は大物らしく勝負。でも小物は小物らしくせこく勝ち逃げ。それが目的なのですから。
この見るからにカモがまさか「カジノでは今のところ無敵だ」と言いふらすだけが目的の、性格の悪いにわかギャンブラーだとは……。
ルーレットは統計学や確率論ではない。
弾く盤面から数字を読み取る動体視力テクニック論でもない。
これは心理戦だ。勝ったからなんとでも言える。
※カタログハンターはギャンブル推進派でも反対派でもない。
基本的に根性無しですが、もし逃げ場のないラスベガスや豪華客船内カジノだったらどうなってたか分からない。
AQUILETTEってどんなシクロですか?教えてください。